観察台湾

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日本人「台湾独立の応援に来てやったぞ」台湾人「ザワザワ…!!!」


自由時報が先日、日本からやってきた「台湾建国応援団」について紹介していました。


台湾人は、日本からやってきた「応援団」をどのように迎えたのでしょうか。

 

自由時報電子版のコメント欄には、相当沢山のコメントがついていました。

 

基本的に自由時報の読者層は、「反国民党、 反統一、反中国、反原発」、「 親民進党台湾団結連盟、親独立、比較的親日」といった方々が多いです(いわゆる「緑」)。

 

しかし、歓迎する意見もあると同時に、日本の植民地支配に対する意識を問いかける意見まで、様々でした。


↓↓↓↓

〜「頑張れ台湾建国」 田邊来台 大旗隊、旗を挙げて歓迎 〜

 

日本の「台湾建国応援団」副団長の田邊憲司は、4年前の訪台期間中、玉山(※引用者:日本時代は新高山と呼ばれた、台湾の最高峰)の主峰に登り、「日本は台湾の独立建国を支持する」と書かれた横断幕を広げた。さらに、嘉義市で独立建国の活動に参加した。それにより、馬英九政権は彼の入国を禁止。今年初めにやっと入国制限が解除された。4年の時を経て、田邊憲司は再度台湾へやって来た、そして今日(※引用者:23日)夕方、嘉義市のかつての地へ赴いた。「国民投票台湾護持連盟嘉義支隊」(※引用者:公投護台灣聯盟嘉義旗隊)の10数名のメンバーは、市のランドマークでもある中央噴水ロータリーで旗を掲げて歓迎の意を示した。田邊憲司も日本国旗を掲げて隊列に加わり、日本語で「台湾民主萬歳」と叫んだところ、通りすがりの民衆の注目を集めていたようだ。

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田邊憲司は、彼に随行する元高校教師呂俊輝の翻訳を通じて次のように語った。「再び台湾へ入国できて、台湾には感謝でいっぱいだ。私は台湾人と同じ立場に立ち、台湾独立建国の目標を追求していきます。」呂俊輝は、言う。「馬英九政府は田邊が台湾で政治活動に従事していることと、観光目的での來台申請が合致しないとして、田邊の入国を5年禁止した立法委員陳唐山の協力の下、今年初めにやっと入国制限が解除された。田邊は昨日台湾にやって来た後、今日は早速台南市の成功大學を訪問し、夕方には嘉義市にやって来た。25日には立法院を訪れる。」

 

国民投票台湾護持連盟嘉義支隊」隊長の陳建斌は次のように批判する。「馬英九政府は田邊の入国を認めなかった。しかし、中国人観光客の自由旅行は開放して、彼らは台湾全土にうようよしている。中国国務院台湾弁公室主任張志軍は、25日には台湾を訪れる。支隊のメンバーは彼にピッタリついていき、『台湾と中国は別の国!』(※引用者:一邊一國)と叫びかける予定だ。台湾の将来は、台湾人が決める。」旗を掲げたデモンストレーションは中央噴水ロータリーで行われ、民衆の注目を集めていた。警察も傍で警戒にあたっていたが、活動は約10分で終了、平穏の裡に終わった。

http://news.ltn.com.tw/news/life/breakingnews/1038126

 

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記事中、台湾の独立と「建国」とあります。一口に「台湾独立」と言っても、「中華民国」として台湾が独立するのか、「台湾共和国」として新たに建国して独立するのかでは立場に違いがあります。

 

ひろく前者の場合は中国語で「獨台」、広く後者の場合は「台獨」と区別されているようです。

 

さて、確かに独立を支持する台湾人としては、海外からの応援は心強いものがあるのでしょう。しかし、単純に台湾独立派=親日派ではありませんから事は複雑です。

 

確かに、独立派には親日派知日派の方々が多いようです。

 

国民党の独裁体制は、台湾人による台湾アイデンティティーの模索を様々な形で妨害してきました。たとえば、228事件についてはタブー化ししまったり、公共の場での台湾語の使用を封じ込めたり…。自らの支配の正統性を確立するため、台湾人に中華アイデンティティーを植え付けようとしました。

 

国民党としては「お前らは台湾人である前に中国人だ。しかし台湾人は50年もの間、初戦は日本人の奴隷であった。中国唯一の合法政府である中華民国政府の言うことに、黙って従え!中国人としての意識を持て!」と言いたかったのでしょう。

 

そうしたなかで、台湾人が「自分はお前ら中国人とは違うぞ!」あるいは「同じ中国人だとしても、台湾人だからって馬鹿にされる筋合いはないぞ!」と主張する根拠の一つが日本統治時代の評価でした。

 

つまり戦後の台湾人は、「我々は、中国よりもずっと進んだ日本社会で育った。」あるいは、「奴隷であったわけではない。議会設置運動などの抗日運動を通じて、中国人として立派に戦った。」という主張を以てアイデンティティーを確立していきました。(戦後台湾の政治史については、日本語文献では若林正丈『台湾の政治 中華民国台湾家の戦後史』を参照)

 

ですから、台湾人としてのアイデンティティーを持つ方々にとって、日本時代についての理解を深めることは、自分たちのアイデンティティーを模索する上で非常に重要な行為であるようです。ただ当然のことながら、植民地支配を全肯定しているわけではありません。

 

次回は、戦前と戦後をまたいだ日本人と台湾人の交流についてご紹介できればと思います。政治はひとまず抜きにして、日台両国の個々人の交流は、政治的・時代的環境の変化の中でどのような物語を紡いでいったのでしょうか。その辺りをご紹介したいと思います。

 

台湾の政治―中華民国台湾化の戦後史

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新ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論 (小学館文庫)

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