観察台湾

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中台関係ウォッチング2

今週の時報周刊(中国時報系)に大一中架構に関するコラムが載っていました。


大一中架構とは、民進党の元主席施明徳らによって発表された、両岸関係に関する5原則の呼びかけです。従来から、馬英九が堅持する「九ニ共識」、陳水扁政権時代の「統合論」など、中台関係に対する認識は様々。


ちなみに馬英九は、「九ニ共識」を土台として「統一せず、独立せず、武力で争わず」を両岸政策の基本に掲げています。


両岸関係の認識の仕方を簡単に羅列しますと、「中国」は一つなのか二つ(中華人民共和国中華民国)なのか、一つの「中国」の中に二つの制度があるのか、台湾はどちらの「中国」でもなく独立台湾なのか、といったのが主な争点でしょうか。


こうした関係を曖昧にして互いに探り合いをしつつ、本音と建前を分けて動いているのが中台関係と言えるのでしょう。


今回の5原則が注目されたのは、青緑両派を超えた顔ぶれが一同に会して呼びかけを行ったからでした。準備段階では、李登輝政権時代の行政院長で軍人出身の郝柏村(国民党)も参加していたようです。


施明徳はかつての民主化運動の闘士で、25年間も「政治犯」として獄に繋がれていました。


一方の郝柏村といえば、国民党保守派の重鎮。行政院長時代、民主化デモに向かって「台湾独立派は消滅してしまえ、中華民国萬歳!」と叫んだエピソードなどもあります。いわば、かつての弾圧する側とされる側が席を同じくして発表する可能性すらあったのが、この五原則です。


しかし、その後の反応は今ひとつ。発表されてしまえば、大したことはありませんでした。


5原則がなぜしょっぱいものだったのか。このコラムが割とわかりやすかったです。もちろん中国時報系ですから、どちらかといえば国民党・統一派寄りの見解です。あくまで、反応の一側面というわけですね。


まずは5原則を紹介してから、コラムをご覧頂きたいと思います(稚拙な訳で申し訳ありません)。


5原則とは…
一、現状尊重,片面的現状の改変はせず


二、現状とは、中華民国中華人民共和国は1949年以来、すでに併存しているということである。かつ、双方政府はすでに「交戦政府」が「分治政府」へと移行した。


三、「一中原則」は一部の人士により狭隘化され、「中華人民共和国」の代名詞として固定化されてしまっている。これはすなわち、両岸の現状を表すことができず、中華民国2300万人民の受け入れがたいところとなりつつある。「大一中架構」を持ってしてこれに換えることを提案する、かくして初めて現状に合ったものとなり、和解の道へ進むことができる。


四、「大一中架構」の意味するところは、「中華民国」と「中華人民共和国」の上に不完全な国際法人を作り,コンセンサスを持って双方の関連する事柄を処理し、両岸の現段階での過渡的な方策とする。


五、「大一中架構」の下で双方は敵対状態を解除し、共同で本地区の平和と安全を守るべきである。双方は互いに武力を使用しないことを承諾し、いかなる国ともどちらか一方に不利となる軍事協定を結ぶことができない。双方は、国連などの国際組織に参加し、他国と正常な関係を築く権利を持っている。


以下、コラムです…


「大一中の美と哀愁」
施明德を筆頭に、青緑の派閥を超えた大物たちが共同発表した「両岸問題処理5原則」は、各界の注目を集め、分析の対象となっている。しかし想定外だったのは、これに関連する反応や議論がほぼたった一日のニュースのみで、返ってきたのは両岸三党と政府、あるいは政府の形式的な反応であった。5原則の発表者が超党派的顔ぶれであったという代表的側面、内容の突破的側面、力の限り融和に努めた実践的側面。これらを以てして見るに、事前には高い注目を集めるが結果はしかし研究を待たねばならなくなる、といったこの種の現象はむしろ人をして落胆させるものだ。


5原則が現在の両岸関係の解釈、定義において従来と大きく異なるのは何か。それは、両岸が共に「大一中架構 」を構成し、既存の「一中(各表) 架構 」に取って代わるということだ。単刀直入に言えば、既存の「一中」の意味するところは大陸と台湾が共同で構成するというものだが、これは2つの包括的な地理の名詞に過ぎない。かつ、国際関係と現実の発展により、中華人民共和国が中国と等しい物になっており、これは当然台湾人民が受け入れられるものではない。しかし「大一中」の主張は中華人民共和国中華民国の2つの政府が、「2つの分治する政府が共同でひとつの大一中を構成する」というものだ。言葉を変えれば、これは明らかに北京へ向かってこう主張する。正式に中華民国が存在する事実を承認し、平等に国際社会に参与し他国と国交を結ぶ権利を与えよ、と。


この種の認識と主張は、まさに台湾の多数の民意に合致する見解でありながら、大陸側も歩調を合わせられるものではない。明確化しておかねばならない問題は次のとおりだ。第一、もともと5原則を発表したポイントの一つは、台湾は台湾独立を扱わないということを宣言し、代って大陸側による中華民国の承認を得る。同時に国際社会に参加するさらに大きな余地を与えさせる、というものであった。しかし5原則の発表の場で、中華民国は如何にして反台湾独立の論拠となるかということに関し、明らかに(5原則との)両者の関係は十分強固で明確であるとはいえなかった。


第二、「大一中架構」の下、両岸双方は果たして「主権が相互に重畳する」のかということだ。それとも互いに隷属しないのか。さらには「まず独立、次に統一」なのか。いずれも明確でない。特に、「大一中」の下の両国政府は、果たして過渡的なものなのかあるいは明確に統合の方向性を持つものなのか。分治状態を固定化させ、ないしは「大一中」を骨抜きにするものなのか。これら全て、大陸側の疑念を考慮せねばならない。なぜなら、どれも5原則の確実な実行可能性に影響するからだ。


第三。施明德が発表会の席上すでに強調したことだが、この5原則は単品で頼むことができないセットメニューだ。その心はつまり、5原則は政党の思いどおりになるものではなく、意識形態(※アイデンティティー?)と党派の利益を必ず突破せねばならず、各自が望むところ各々手にする訳にはいかない。案の定、赤青緑(中共、国民党、民進党)三党と政府は5原則に対して互いに、いつもの同じような関心を持っている。つまり、大陸側は5原則が2つの中国、一国二政府を含意するのではないかという疑念持ち得るし、また統一に対する展望が十分述べられていないと思うかもしれない。また民進党はいつもの調子で意識形態(※)の話に入り込み、大一中か一中かを心配している。


5原則の発起人の一人蘇起は言う。多くの事柄が話せば話すほどダメになる。「ときには、ある程度の曖昧さが美しいものだ。」事実、以前両岸交流の初期に流行ったいわゆる「創造的曖昧」だ。曖昧は後々の創造のためということだが、もし純粋に曖昧作戦を遂行するのなら、美しくないばかりでなく結果も哀愁に満ちたものとなるだろう。5原則の主張は共産党、国民党、民進党をして共に閉塞状況を脱出させうるか、現在見たところでは曖昧故に冷え込んで煮え切らないものとなっている。しかし、今後創造的に熱意が湧き上がってくるのか、目を見張ってみていよう。

 

台湾の政治―中華民国台湾化の戦後史

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